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井上隆智ブログ

筆記体だから書ける一番長い英単語

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筆記体だから書ける一番長い英単語



まず以下の三つの英単語を見て下さい。一行一単語です。読めるでしょうか?


  
 わたしが"筆記体"で書き殴ったものです。一部活字体の r と  s  が混ざっていたり、c  が  e  に見え、o が潰れたりして読みづらい箇所があると思いますが、この三行、一カ所も間違わずに書けています。二行目の flocci・・・ tion を書くのに要する時間は約 15 秒(タイプなら 20 ワード/分相当)です。何と言うことのない三つの単語ですが丸暗記していないとこのようには書けません。
 職業柄わたしはこの程度の乱暴さ加減で書いてある同僚たちのカルテを長年読まされてきました。最近は電子カルテになって下手な筆記体に付き合わされる機会は減りましたが、反面彼らのハートが伝わってこなくなったのはとても残念です。

 さて、
ここに三つの単語を示した理由は、これらには共通点があるからです。その共通点とは何でしょう。
 
 pneumonoultramicroscopicsilicovolcanoconiosis  

  floccinaucinihilipilification

  smiles

 三つの単語に共通するもの、それはこの三つとも「英語で一番長い単語」だとされていることです。でも一番はひとつの筈です。これからそれを決めましょう。 

  
 まず一番上、45文字。これは医学用語で、或る疾患名です。医者の私でもこのような病気があることはこの単語が最長英単語としてネットに載っているのを見付けるまでは知りませんでした。   
 この単語は次のように複数のパーツ(自立成分)を繋いで作られています。文法上、この手の単語は「合成語」と呼ばれます。 
 
 pneumono - ultra - microscopic - silico - volcano - coniosis

  ハイフンで繋いだパーツは前から順に、肺 - 超 - 顕微鏡(的)- 珪素 - 火山 - じん肺症 (略して硅性肺塵症)
。Ultra-  microscopic は「普通の顕微鏡では(病巣が小さ過ぎて)見えない」ということでしょう。Volcano(火山)とあるのは火山灰を吸ってこの病気が起こるということのようです。この単語は1935年に作られて、1936年には権威ある オックスフォードの 英語辞典に収載され、以後ウエブスターほかの英語辞典にも載るようになったとされています(Wikipedia)。
 この単語がどういう必然性で作られたかは分かりませんが、「長い単語の世界記録を更新しよう」という下心があって、普通なら、長くてもせいぜい silico-volcano-pneumoconiosis でよいところを45字まで引き延ばしたのではないかと勘ぐりたくもなります。なお、この単語は、今なら、やりようによってはもっと長くも出来そうです。例えば ultra-microscopic を electron-microscopic (電子顕微鏡的) とすれば単語の意味は変えずに 3 文字増えて 48 文字になります。つまりあとから見るとこの単語は作った段階では発展途上にあり、改変やあるいは廃棄の可能性も残っている単語だと言えそうです(電子顕微普及は1939年以降なのでこの単語ができたときはまだ一般的ではなかった)。
 医者の世界では日々発見される新しい病気の病名付けは趣味みたいなところがあって、「長い病名」の対極には、「発見者などの名前をつけた病名」というのがあります。それを e
ponym (エポニム=冠名)と言います。「ベーチェット病」などがそうです。ベーチェット病をその症状や成り立ちを pneumo・・・ のようにギリシャ語やラテン語などのパーツを繋いで病名にすると多分100文字は軽く越えますので、エポニムはそういう事態を避けるための方便だとも言えそうです。
 いずれにせよ言語学者や英語辞書編纂者は医学専門家ではありませんから、専門分野というローカルな世界から出てくる単語は批判も修正もできず、そのまま辞書に採用せざるを得なかったのでしょう。


 中段は「価値がないと評価すること」を意味する単語です。
 
 flocci - nauci - nihili - pili - fication
 
 前段の pneumo・・・ は
或る状態を記述するために必要な意味を持つ要素をすべて盛り込んで作られているのに対して、この flocci・・・ はただひたすら「価値がない」という「一つ」の概念を強調するために作られた単語であって、「軽い」というか「価値がない」というイメージが湧いてきそうな材料だけを集めて作られています。パーツ選択に無理をしている (?) せいか、それらパーツは「ニヒル」以外はわれわれ一般人は知らないものばかりです。 ネット記事によるとすべてラテン語由来のこれら四つの要素はそれぞれ、 floccusは「薄片」、naucum は「木の実の殻」、nihilum は「ニヒル=無」、そして pilus は「毛」だということです(Wikipedia)。それらに接尾辞 -fy を付けて、例えば floccify (薄片のようにする)や nihirify (無しにする)などと観念的に一旦動詞化し、最終的にはそれらを順に並べてまとめ、語尾を名詞化の接尾辞 fication として一つの名詞に仕上げてあります。
 一体如何なる意図でかような単語を作ろうとしたのかは知る由もありませんが、18世紀頃イートン・カレッジの学生が作った単語だとされています(Wikipedia)

 この単語が日常使われることはまずなくて、ただひたすら文字数が多い(29文字)ことだけで有名になった単語のようですが、今や三世紀生き残ってきた歴史の重みのお蔭で上記の pneumo・・・とは違って、もはや改造や廃棄の余地はなさそうです。これも オックスフォードが Pocket Oxford Dictionary (POD) にも収載していることで権威づけられてはいますが、日本では標準的な研究社の「英和大辞典」にこの単語は載っていません。
 
 
 
 さあ結論です。一番長いのはどれか。Pneumo・・・は確かに長いですが、専門家だけしか必要としない限られた世界の用語だというのがまず引っかかります。さらに、 ultra や microsocoic そして volcano など多くの一般人にも読めるパーツを使っているために合成語であることがすぐ分かります。見え見えの合成語であって、一般人には縁のない学術用語に「長い単語」の資格を与えると、DNAなどもっと長い単語も探さなくてはならなくなりそうです。
 それに比べて flocci・・・は一般社会で使うことのできる単語なのに言語学者でないと知らないような特殊(?)なパーツで作ってあるので、素人目には一見 floccinaucinihilipiliという長い自立成分一個 の単純語の語尾に名詞化の -fication という接尾辞を加えただけの派生語にも見えてしまいます。悪賢い作り方です。出来上がった「無価値」を意味するこの単語がその長さとは裏腹の「価値の無さ」ゆえ「価値がある」と言うブラック・ユーモアがあることも大事でしょう。その他愛なさと一見合成語らしくない点を買えば、pneumono・・・ではなく、わたしたちが
高校生の頃に一番長い英単語だと教わった floccinauchinihilipili - fication は今もやはり最長の英単語にしておくべきものだろうと思います。

 Smilesは?
 
    忘れるところでした。 Smiles はどこが長いのかって? 文句なしに長いのです。「s」と「s」の間が 1 マイル もあるのですから。昔からあるジョークです。
 
 
 このページで本当は一番言いたかったことは次の段!

 2002年、学習指導要領が生徒の負担軽減(実は教師の負担軽減?)を理由に英語の筆記体は教えなくても 「習わなくても」 よいことになりました。でも、文字は紙に
ペンで書く、という基本がなくなったわけではありません。筆記体(cursive)で書くことはいわばアルファベットの「お習字」すなわちアートでもあります。書けば文字に命が吹き込まれます。是非、この素敵なアナログの小世界を習得しましょう。素敵なサインができますように。
 
  
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